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しぃせんたけだ

  • Author:しぃせんたけだ
  • 1974年生まれ。163cm、63kg。現在草野球を時折やっております。ポジションはピッチャーか内野。学生時代などに部活等でチームに入っての野球経験はありません。プロ野球は千葉ロッテファン。次いでホー



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私はもっと「サード・中畑」が見たかった (4)

 ところで足を前後に開脚し、体をいっぱいに伸ばしてのキャッチは最近あまり見られなくなった。外国人助っ人が一塁に回ることが多くなったこともあるだろうか?。でも、日本人選手でもずいぶん見かけなくなったような気がする。自分はあれにあこがれ、脚の前後のストレッチを結構やった。おかげで、今でも「左足前の前後の開脚」のほうが大きく開くことが出来る。自分はロッテファンなのだが、きわどいタイミングでもファーストの福浦が体を伸ばすこともなくそっけなくキャッチするのは非常に残念だといつも感じる。対して体を伸ばす選手は誰がいるかといえば、(あくまで私が知る限り、思いつくまま書くのみだが)日ハムのセギノールとかファーストを守るときの広島の新井とか、以前ヤクルト、巨人にいたペタジーニあたりか。


 1981年、新生藤田巨人は優勝する。前述のように原、河埜、篠塚、中畑の内野陣が見事に定着し始め、キャッチャーは吉田から山倉がマスクをかぶることが多くなる。助っ人はトマソンが「扇風機」とあだ名されるほど後期はひどいものだったが、ホワイトが「壁際の魔術師」などと呼ばれるように攻守ともに巨人の顔になった。何よりもピッチャー陣が好調だった。一番の象徴は江川。試合のポイントとなるところでHRを浴びる「一発病」はこの頃から片鱗を見せていたが、そんなもの20勝6敗のこの年はまだまだカワイイものだった。後にHRを打たれる球数に合わせて「100球肩」とも呼ばれることになるが、この頃はまだまだ中4日とか5日でローテーションをまわしていた時代である。今考えればこのローテーションなら100球で降ろすっていう使われ方が一番良かったであろうと思える。酷な時代だったとも言える。他に西本、そして定岡がローテーション入りした。そして実はここには、今でも名前があまり挙がることがないのだが、加藤初がしっかりとローテーション入りしていた。そして抑えでは角が台頭した。角が抑えで活躍した期間というのは実はあまり長くないのだが(今みたいに1イニング限定で投げていればもっと寿命は伸びたと思うが)、この年に限っては誰も打てなかったといっていい。
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